「巣ごもり生活」に彩り添える似顔絵
群馬県藤岡市。緊急事態宣言が明けて1カ月半ほどが経った頃、はんださんを訪ねた。おしゃべりしながら、鉛筆で下描きする。口と手をせわしなく動かし、決して止めない。「右脳と左脳を目一杯回転させて描いています」。
上信越自動車道藤岡ICに隣接し、藤岡PAからも、一般道路からも利用できる道の駅「ららん藤岡」。全国道の駅満足度ランキングで上位にランクインする人気の施設。はんださんは、ここにある花の交流館で定期的に「似顔絵の駅」を出店している。
絵を描くのが好きだった。高校を卒業して専門学校へ進学、看護師になった。小児科勤務のクリスマス。病気と闘う子どもたちを励ましたい。夜勤の合間に病室を回り、子どもたちの腕につながる点滴バッグに、内緒でサンタクロースの絵を描いた。「サンタさんが来たよ」。目覚めたときの笑顔が嬉しかった。
似顔絵は、スクールでカリカチュアアーティストのKage(かげ)氏に学んだ。人物の特徴を誇張して描くカリカチュアの手法を日本に広めた先駆者で、似顔絵の世界大会で王者にもなった。はんださんが尊敬し憧れる人。
似顔絵はコミュニケーション。特徴をとらえる技術や、右脳と左脳を別々に同時に使う術は、師に学んだ。似顔絵を描かせてください。上野公園へ出かけては散歩する人に次々と声をかけ、腕を磨いた。「私の修行時代です」。
あの日、あの時に描いた一枚が、道を開いたことも。修業時代、ある子どもを描かせてもらった。おしゃべりしながら描くスタイルと仕上がった絵の面白さを、父親がいたく気に入り、その催しがテレビ出演につながった。早描きパフォーマンスに挑戦したい。番組で話した夢は今、はんださんの魅力の一つになった。
一人立ちして5年になる。これまでに1万人の顔を描いてきた。「すべてが大切。描いた人のことは忘れません」。完成までは、対面で20~30分。1色の早描きなら5分でいける。ただ、どんなときも客と向き合い、問わず語りにおしゃべりする姿勢は変わらない。
師の教えに従い、コミュニケーションを大切にするのが、はんだ流。だから、目の前に相手がいない場合には、なおさら手間と時間をかける。「目は一重か、二重か。ほくろはないか。画像を追加でお願いしたり、職業やペットについて尋ねたり、何度もやりとりします」。
似顔絵は肖像画とは異なる。特にカリカチュアの手法は、単に似ているだけでなく、表面的な特徴を誇張して軽妙に描き、見る人を楽しませる。
「対面して描くほうがやっぱり楽しい。表情だけでなく、その人の雰囲気から人柄や、ご夫婦や親子の関係性まで見える気がして構図に生かします」
共につくり上げる楽しさ
誇張し、軽妙に表現する
きれいに若く描いてね、と女性が照れながら依頼する。はんださんは「誇張しても大丈夫ですか」と尋ね、「似顔絵は私の作品です」とも伝える。
客がどう描いてほしいのか、何を考えているのか、何に興味があるのか。はんださんは、問わず語りに必死に探りながら、画板に向かっているのだろう。相手の内面に潜む個性までも深く理解して、それを誇張し軽妙に表現しようとしているように見える。
似顔絵の世界大会にも出場した。学んだのは楽しむこと。踊って、歌って、描く。自由に、大胆に、表現する。そして、互いの作品を称え認め合う。描く側も、描かれる側も共に楽しむのが、カリカチュアの魅力だと知り、世界が開けた気がした。「似顔絵は、世界に一つしかない作品を楽しみながら一緒に作り上げるものです」。
似顔絵アーティスト――。完成した似顔絵には笑いと感動と驚きがあって、見た人を自然と笑顔にする。はんださんの似顔絵は、人を心から楽しませ、幸せにする芸術作品。絵師でも職人でもなく、その名称がふさわしい。
緊急事態宣言が明けて、活動を再開しつつある。早描きの腕を生かして、結婚披露宴などで似顔絵を描く「ライブスケッチ」が好評だ。止まっていた小児病棟でのボランティアも実現したい。
似顔絵は唯一無二の記憶とともに、その時の自分を写し出す。その魅力が人を引き付ける。「私も作品とともに記憶されるアーティストでありたい」。
(文・構成 阿久戸嘉彦)
※はんださんは、2023年6月頃まで育休中。活動をお休みしています。おめでとうございます。
はんだなんだ
群馬県出身。看護師を5年間務めた後、母親の母国・台湾へ語学留学。帰国後、通訳などを経て、似顔絵を学び大好きな絵な世界へ飛び込む。カリカチュアスタイルとかわいい画風が特徴。アーティスティックで鮮やかな発色の明るい似顔絵を描き出す。特徴をとらえたユニークな似顔絵は、多くのファンに支持されている。結婚披露宴やイベント会場で、似顔絵を即興で描く「ライブスケッチ」が大好評。