話題を聞き解く|東京オリンピック2020

小学校の卒業文集にオリンピック選手になると記した。夢はやがて目標に、そして現実になった(写真:サイサン)

努力と工夫 五輪が夢から目標に

「小学生のときに、言葉には言霊が宿っていると聞きました。夢を言葉にすることで応援者が現れ、夢はかなうというお話だったと思います」

言霊を信じて、小学校の卒業文集にオリンピック出場の思いをつづった。「私の夢は、オリンピック選手になることです」。文末には「絶対になってみせます」とひときわ太い文字で誓った。夢はやがて目標になり、ついに現実になった。

力強い応援者も現れた。小西さんは、サイサンの正社員として中部支社に籍を置く。JOCのアスリート就職支援制度「アスナビ」が縁を取り持った。

トップ選手でも海外遠征などの負担は重く、競技に打ち込める生活基盤をどう築くかが課題だ。一方、企業側にもトップ選手を通じて企業イメージを高めたいという要望があり、アスナビが両者をつなぐ。企業は選手を雇用し、練習や試合出場も勤務として認め、給与のほかに競技活動費などを支援する。

小西さんはアスナビの企業向け説明会で、「世界一になります」と採用担当者へ訴えた。一緒に同じ世界一を目指しましょう、と走り寄って来た笑顔が印象的だった。手にした名刺には、副社長の川本知彦の名前があった。

「社員の皆さんが温かくて、水泳でしか恩返しできないという心苦しさが救われています。今は結果を求めるよりも、応援してくれる人のために頑張ろうと素直に思えるようになりました」。言霊に導かれ、小西さんの今がある。

ずば抜けた反応速度のスタートは”ANNA(あんな)ジェット”と呼ばれる(小西さんは中央、写真:サイサン)

体力差をはねのける努力
”ANNAジェット”武器に

「身長がコンプレックスなんです。逆に、この身長で勝てたら格好いい。今大会は苦手が武器になり、前に出るレースができました」

身長159センチ。身長が高い選手が有利といわれる競泳で、徹底的に鍛え上げたムキムキの筋肉が体格差をはねのける。「筋肉はエンジン」。30キロの重りを背負って懸垂できるほどの筋力が、強力な推進力を生む。ストローク長は2メートル、トップクラスの長身の選手に引けをとらない。

スタートの構えも独特だ。足を高い位置に置き、ひじを伸ばして上半身を進行方向へ大きく反らす。体格差を克服し、苦手だったスタートを世界と戦う武器に変えた小西さんだけの技術だ。ずば抜けた反応速度から「ANNA(あんな)ジェット」と呼ばれる。

個人で挑んだ競泳女子100メートル背泳ぎでは、予選を通過し準決勝へ。ロンドンオリンピックの寺川綾さん以来、2大会ぶりの決勝進出を目指したが、届かなかった。卒業文集に記した、もう一つの目標「オリンピックで金メダル」は残されている。

「寺川綾さんの日本記録をしっかり更新して、パリ大会では決勝で戦える選手になりたい。会社の応援は心の支え、私のレースで会社を一つにしたい。笑顔になる人を増やしたい。その思いでこれからも泳ぎ続けます」

この場所を得たからには、世界一を目指さずにはいられない。それが、言霊に導かれた小西杏奈というアスリートだ。そのまなざしには、世界を見据える力強い光が宿っている。

埼玉県は「埼玉アスリート就職サポートセンター」を県庁内設置。全国大会などに出場経験のあるアスリートと県内企業のマッチングを支援している。

(文・構成 阿久戸嘉彦)

8位入賞を川本武彦社長(左)と川本知彦副社長に報告(写真:サイサン)

小西杏奈(こにし・あんな) 1996年5月10日生まれ、25歳。兵庫県豊岡市出身。中京大学スポーツ科学部卒。2019年4月、株式会社サイサン(埼玉県さいたま市)に入社。2018年に初めて日本代表入りし、ジャカルタアジア大会では女子100m背泳ぎで銀メダルを獲得。代表選考会を兼ねた21年4月の日本選手権で頂点に立ち、代表入りを果たした。