話題を聞き解く|訪問歯科診療

患者宅へ訪問して治療する。かむ、食べるを諦めないで。訪問歯科診療が「在宅」を支える

歯科と介護・看護の連携広がる

「さあ出かけましょう」。小宮山さんが向かったのは近所の総合病院。診療器具が入った箱を携えて、歯科衛生士と一緒にすたすたと徒歩で向かう。この病院には歯科がなく、小宮山さんの診療所と「医科歯科連携」を進めている。

まずはナースステーションで、患者の様子を聞き取る。制約が多い訪問診療の難しさは「その場で判断して最善の治療を迫られること」。看護師との情報交換は、患者の状態を知る重要な手がかりだ。

患者は入院後に入れ歯のかみ合わせが悪くなり、食事がうまくできないという高齢女性。「ちょっとごみ箱と洗面台を貸してください」。ナースステーションに声をかけて、入れ歯の調整を始めた。かみ合わせを確認しながら、専門の器具で入れ歯を少しずつ削って調整する。大型のごみ箱を借りたのは、削りかすが飛散するのを気遣ってだ。

洗面台で入れ歯を洗い、女性に装着してもらっては調整を繰り返す。診療所のような設備はないから、使えるものは何でも使って代用する。訪問診療にはその場の工夫や経験がものを言う。

厚生労働省は、病院での治療に歯周病などの歯科治療を組み合わせ、がんや糖尿病などの治療効果を高めようと、医科歯科連携を推進している。

歯周病が別の病気の進行に関与していることが知られるようになった。歯周病菌が糖尿病の悪化を招くとされ、がん手術後の合併症を引き起こす一因ともいわれる。その対応策として、医科歯科連携が注目されている。

埼玉県内で歯科のある病院は全体の3割程度に過ぎず、院外の歯科医と組織的に連携する動きが広がっている。「訪問診療に取り組む人材の育成が、医科歯科連携には欠かせない」と小宮山さんは指摘する。埼玉県歯科医師会は、会員歯科医向けに在宅歯科医療講習会を開くなど、人材の育成や技術向上に努めており、「県内でもがん治療などとの連携が進んでいる」。

「先生は神様、ありがたい」。治療が済んで、女性が手を合わせた。小宮山さんは笑顔を返すが、こうも話す。「病気の治療に影響が出るようになってから診ることも少なくない。家族に送迎を頼むのは申し訳ないと治療をためらう人、痛みや食べにくさを我慢している人は、実に多い」。

女性が手を合わせて拝んだ。食べたいのに、治療すれば食べられるのに「歯や口の悩みを後回しにする人は多い」。写真は小宮山さん

看護や介護の関係者へ
さらに理解を広げたい

出浦さんは開業時、車寄せから診察台まで車いすで移動できるように診療所をつくった。レントゲン室にも車いすのまま入れる。「足が悪いからといって治療を諦めることはない。診察台に座ることさえできれば治療はできる」。勤務医時代の経験が強い思いにつながっていたが、業者には呆れられた。30年近く前のことだ。以来、訪問診療にも積極的に取り組んできた。

介護や看護、医療の多職種連携による地域包括ケアシステムでは今、歯科医の関与が重視されている。急性期を脱して状態が安定したら早期に自宅や介護施設へ移り、必要な介護サービスなどへつなげる。要介護状態になっても、住み慣れた地域で自分らしく暮らすために、歯科医が果たす役割は大きい。

寝たきりになっても食べる能力がどれだけ残っているかを診断し、誤嚥(ごえん)予防や食事指導などを通して、患者本人や家族を支える。穏やかな呼吸のためにも口腔ケアは欠かせない。

出浦さんの携帯電話には、夜間や休診日にかかわらず、緊急の連絡が入る。寝たきりの人や医療的ケア児、中には積極的な治療がなく在宅療養している人もいる。出浦さんは訪問看護師、訪問介護士らと連携して、そうした患者と家族を支える。

「ここから先は歯科に頼もうか、という声を医科から聞くようになった。歯科診療や口腔ケアの重要性が認識され、訪問診療に理解が進んでいる」。出浦さんは今、確かな手応えを感じている。

訪問歯科診療の重要性を、看護や介護の関係者へさらに広げたい。出浦さんと小宮山さんは口をそろえる。埼玉県歯科医師会は、県内に在宅歯科医療推進窓口地域拠点・支援窓口を開設して、訪問診療に関する相談や、登録している歯科医院の紹介などを行っている。

(文・構成 阿久戸嘉彦)

休診日や夜間にかかわらず、訪問看護師や訪問介護士から連絡が入る。介護現場で口腔ケアの重要性へ理解が広がっている。写真は出浦さん

小宮山正和(こみやま・まさかず)
歯科医師。小宮山歯科医院院長。埼玉県歯科医師会理事。
小宮山歯科医院:埼玉県さいたま市浦和区常盤10丁目11-18

出浦惠子(でうら・けいこ)
歯科医師。でうら歯科医院院長。埼玉県歯科医師会理事
でうら歯科医院:埼玉県新座市野火止4-19-13