再考『八ツ場ダム』 松浦茂樹・東洋大教授に聞く【3】

利根川中流の利根大堰で取水した水は武蔵水路、荒川を経由して東京、埼玉へ(埼玉県行田市)

渇水と水利権

八ツ場ダムの計画から渇水時に流量を補給する容量(利水容量)を見ましょう。洪水期の利水容量は2500万立法メートルで、非洪水期が9千万立方メートル。洪水期が6500万立法メートル少なく、これが治水容量です。

この利水容量で開発される上水・工水を合わせた都市用水は毎秒22.209立方メートル。このうち埼玉県分が毎秒9.92立方メートル、東京都5.779立方メートル、千葉県2.82立方メートル、群馬県2.6立方メートル、茨木県1.09立方メートルの計画です。このうち今年度は毎秒10.969立方メートルが暫定水利権として取水されています。

八ツ場ダムが完成するまでは、これらの取水は緊急暫定的に認めているに過ぎない、というのが現在の国の水利行政です。暫定豊水水利権は正式な水利権に比べて立場が弱く、渇水になって利根川からの取水が困難になれば正式の水利権よりも前に取水が止められることとなります。

1994(平成6)年に全国規模の渇水が起こりました。特に四国や北九州地方が深刻で、断水や減圧給水などの影響を受けた人口は全国で約1600万人。農作物の被害は約1400億円に上りました。

このとき、八ッ場ダムの最大の利水者である埼玉県内の状況はどうだったか。7月下旬から9月にかけて最大で30%の取水制限が行われています。しかし、生活に思ったほどの影響はありませんでした。地下水を利用してからです。ところが、地盤沈下が急激に生じました。埼玉県がまとめた1995(平成7)年1月1日の沈下状況をみると、最大沈下量は4.8センチ、沈下面積は約350キロ平方メートルに及んでいます。

ここまで、八ッ場ダムを利水の面から考えるために必要なポイントを述べてきました。次号からは手がかりを考えます。

※この記事は、月刊RIVER LIFE(2010年1月号)に掲載したものです。
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松浦茂樹 まつうら・しげき
1948年生まれ。埼玉県熊谷市出身。東洋大学国際地域学部国際地域学科教授。71年東京大学工学部土木工学科卒、73年同大学院修士課程修了後、建設省(当時)入省。同省土木研究所都市河川研究室長、同省河川局水理調査官などを歴任。99年から現職。主な著書に「国土開発と河川-条理制からダム開発まで」(鹿島出版会)、「戦前の国土整備政策」(日本経済評論社)などがある。

※写真・プロフィールは、掲載当時のものです。
※松浦氏は2022年に亡くなられました。心からご冥福をお祈りいたします。