話題を聞き解く|見直される「論語」の魅力

「論語は、私たちに善く生きる道を示してくれる」。論語の世界へ導く案内人らしい言葉だ。埼玉県嵐山町の安岡正篤記念館で(写真・埼玉新聞社)

渋沢栄一、大河ドラマ化。論語が人気

――渋沢栄一の『論語と算盤』が、企業人に人気です。なぜ論語が注目されるのでしょう。

安岡 リモートで仕事する人が増えています。自宅や外出先でも、これまでと変わらず仕事ができる。やるべき10の仕事をこなせれば、出社する時間や手間が省けて能率が上がったように思えます。

一方、顔を合わせて仕事していれば、煩わしいこともあります。自分がやるべき10の仕事が、7しか進まないこともあるでしょう。確かに、はかどらなかった3の仕事量は目に見えますが、能率が低下したのでしょうか。

孔子はこう説いています。「君子は文を以って友を会し、友を以って仁を輔(たす)く」。立派な人間、すなわち君子は、仲間と学び合い切磋琢磨して自分を磨く、という意味です。

後輩の疑問に答える、部下の失敗をフォローするなど、人と関わることで「人間力」が身に付きます。その力は周囲へも良い影響を与え、人間関係が強固になるでしょう。

人間力は測ることができないし、目にも見えません。人間関係は問題が起こって初めて、その強さに助けられます。そして、いずれ10をはるかに超える仕事量をこなす力になるかもしれません。その可能性が、煩わしさの中に埋め込まれていると思います。

能率や効率の視点だけで評価しがちなビジネス社会において、企業人、特に経営者が論語に注目する理由の一つだと感じています。

――古典と聞いただけで尻込みしたくなります。一方、古典は長い時の流れを経ても、多くの人から愛されています。その魅力を教えてください。

安岡 渋沢栄一は、論語には「なるほど」と思えることがたくさんあるのに、商人は難しいからと言って読まない、と残念がっています。また、論語を難しくしているのは学者だとし、「やかましき玄関番」という面白い表現をしています。

論語は、普遍的な原理原則を示しています。具体的な解決策ではありませんから、人生に悩んでも参考にならないと言う人もいます。しかし、どんな時代を切り取っても価値が変わらず、人生のあらゆる場面で、皆さんの心に寄り添い、解決の手がかりを示してくれます。

ただ、その原理原則を知った上で、どう考えるのかは皆さんに委ねられます。人は誠実であることが一番である。孔子はこれを「仁」の一文字で表しています。では、誠実さとは何でしょう。

世の中には正解が一つしかないことがたくさんある一方で、誠実さには様々な答えがあります。ただ、自分とは違う考えに出合ったとき、分かり合おう、歩み寄ろうとすれば、人間関係の煩わしさが生まれます。

私たちは、その煩わしさを避けるようにして生きてはいないでしょうか。孔子の考え方は、私たちとは逆で、煩わしさの中に身を置くことで、誠実さが磨かれていくと教えています。

――論語から、大切にしている言葉を教えてください。

安岡 徳は孤ならず、必ず隣あり。「徳」とは、正しいことを実践する力です。徳のある人は必ず評価され、孤立することがなく、理解者や協力者が寄り添ってくれるという意味です。少し考えを深めると、自分が寄り添う側になる大切さにも気づきます。

私は読者対象を絞って本を書きます。論語の世界への案内人だと思っているからです。私も寄り添う人間でありたいです。私は学者ではなく、ただの論語好きです。学者の難しい解釈を、読者に寄り添って分かりやすく伝え、論語の世界の入口へ導くのが役割です。その先は、その人なりに論語を自由に味わってほしいと願っています。

(文・構成 阿久戸嘉彦)

※ウェブ公開に当たり、一部加筆・修正しました。

「仁に親しむ」。安岡さんが決まって若い世代へ贈る言葉だ

[やすおか・さだこ] 1960年東京都生まれ。公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館理事長。二松學舎大学文学部中国文学科卒業。陽明学者・安岡正篤氏の孫。各地で講座を開催し、ビジネスマン、子どもや保護者へ「論語」の魅力を伝えている。著書に『壁を乗り越える論語塾』(PHP研究所)、『仕事と人生に効く 成果を出す人の実践・論語塾』(ポプラ社)、『アスリート論語塾』(エクイネット)など多数。