再考『八ッ場ダム』 松浦茂樹・東洋大教授に聞く【4】

建設が進む八ツ場ダム。巨大な橋げたが伸びていく(2009年9月撮影)

冬水と夏水

八ツ場ダムによって開発される都市用水は毎秒22.209立方メートルで、このうちの9.92立方メートルが埼玉県分です。実はこれも5年に一度の渇水を対象とした開発量です。10年に一度を対象にすると、開発量は当然減ることになります。現在、暫定水利権として1都4県で毎秒10.97立方メートルが取水されていますが、このうち毎秒9.01立方メートルは農業用水合理化事業という水利開発によって、灌漑(かんがい)期(4月から10月)の水、つまり「夏水」は水源がすでに確保されています。

埼玉県の場合、毎秒7.45立法メートルを暫定水利権として現在取水していますが、このうち6.78立方メートルは水源が確保されています。埼玉県は1968(昭和43)年から2004(平成16)年まで、農業用水合理化事業を行いました。具体的には、都市化などによる水田の減少を背景に葛西用水や見沼代用水などの水路を改修するなどして「余裕の水」を産出し、都市用水に振り替えたのです。灌漑期に水源が確保されていない用水量は毎秒0.67立方メートルに過ぎません。ですから、埼玉県にとって、八ツ場ダムは農業用水のない冬場にこそ必要な水源という位置づけです。

暫定水利権については前号で述べました。では、この合理化事業によって確保している水量について、灌漑期に渇水が起こった時にはどう扱われるのか。現在の水利行政では暫定水利権との理解でしょうが、私は正式な水利権と同様の扱いにされるべきだと考えています。(連載終)

※この記事は、月刊RIVER LIFE(2010年2月号)に掲載したものです。
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松浦茂樹 まつうら・しげき
1948年生まれ。埼玉県熊谷市出身。東洋大学国際地域学部国際地域学科教授。71年東京大学工学部土木工学科卒、73年同大学院修士課程修了後、建設省(当時)入省。同省土木研究所都市河川研究室長、同省河川局水理調査官などを歴任。99年から現職。主な著書に「国土開発と河川-条理制からダム開発まで」(鹿島出版会)、「戦前の国土整備政策」(日本経済評論社)などがある。

※写真・プロフィールは、掲載当時のものです。
※松浦氏は2022年に亡くなられました。心からご冥福をお祈りいたします。