再考『八ッ場ダム』 松浦茂樹・東洋大教授に聞く【1】

試験湛水(たんすい)が始まった八ツ場ダム(2019年11月4日撮影)

洪水調節の課題

堤防は流れてきた洪水がはん濫しないように守る施設です。一方、ダムは上流山間部の洪水を貯水し、下流の洪水ピーク時の流量を小さくする施設。問題なのは、上流のダムで洪水を調節しても、実際に下流でどれほど効果があるかは洪水ごとに異なることです。

例えば、ダムより上流では降雨がなく、その他の流域で発生した大豪雨によって洪水が生じれば全く役に立ちません。だから、流域のどこにダムを設置するかが重要で、その意味では、ダムは築堤よりも不確実な施設といえます。

利根川の治水にダムを取り入れた利根川改修改訂計画の以前はどうだったか。洪水の全てを河道で負担し、これが安全に流下するように河道が整備されて来ました。しかし、カスリーン台風時の洪水を流下させるとなると、川幅を拡げる必要がある区間も出て来る。これは地域に多大な影響を与えます。

また、ダムには峡谷部のようにダム築造地点の川幅が狭く、その上流部に平地が開いていて貯水容量が大きいことが求めらます。改訂計画は、どれほどの流量を河道で負担できるのか、上流山間部でダムに適した地点があるかの判断によって決定されたわけです

利根川中流域にある利根大堰(埼玉県行田市)

利水の複雑な背景

利根川中流部、埼玉県行田市に利根大堰という取水施設があります。武蔵水路、見沼代用水路、埼玉用水路、葛西用水路、邑楽用水路などを通じて都市用水や農業用水を運ぶ東京と埼玉の暮らしを支える要です。

近世までは農業用の取水口がたくさんあって、何カ所にも分けて水を取っていましたが、取水口は治水の面からみると弱点でもあります。それでも、農業用水の確保を優先した。何年かに1度溢れるのは我慢していたわけです。もちろん、しばしば溢れるようなら堤防を強化するなど頻度を下げる工夫をして守りました。

河川の流量は上流域の降雨状況などによって大きく変化します。河川から取水する権利「水利権」は渇水時の流量を対象に設定されていて、ダムはこの渇水時の流量を増やすためにも利用されます。

八ッ場ダムの利水容量で、上水と工水を合わせた都市用水の開発量は毎秒22.209トン。これを利用する自治体の内訳をみると、埼玉県分が毎秒9.92トンで突出しています。この開発水量には複雑な背景があることを、まずは指摘しておきます。

特に、埼玉県は「農業用水合理化事業」をすでに実施しています。八ッ場ダムの利水を考える時、この事業も重要な手がかりとなります。

八ッ場ダムの貯水容量は約1億トンです。これは、河川管理の実務に携わってきた経験からは、やはり大きな魅力です。だたし、計画は高度経済成長時代のもので、その当時の計画をそのまま推進するのではなく、全面的な見直しが必要だと考えます。人口減少の時代の今、ダム築造の時代は終わったとの認識の下で、時代にあった運用を検討すべきです。それは、これまで築造してきたダム群が貴重な社会的ストックだと考えるからです。

連載の初回であり、いくつかのポイントを指摘しました。これらを手がかりに、これから八ッ場ダムについて考えていきたいと思います。

※この記事は、月刊RIVER LIFE(2009年11月号)に掲載したものです。
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松浦茂樹 まつうら・しげき
1948年生まれ。埼玉県熊谷市出身。東洋大学国際地域学部国際地域学科教授。71年東京大学工学部土木工学科卒、73年同大学院修士課程修了後、建設省(当時)入省。同省土木研究所都市河川研究室長、同省河川局水理調査官などを歴任。99年から現職。主な著書に「国土開発と河川-条理制からダム開発まで」(鹿島出版会)、「戦前の国土整備政策」(日本経済評論社)などがある。

※写真・プロフィールは、掲載当時のものです。
※松浦氏は2022年に亡くなられました。心からご冥福をお祈りいたします。